『星と輝き花と咲き』

今年、最初に読み終えた本が、明治時代の女義太夫太夫・竹本綾之助を描いた小説、松井今朝子著『星と輝き花と咲き』(講談社)です。


義太夫については、歌舞伎鑑賞のための予備知識として何となく知っていましたが、明治時代に女義太夫がブームだったとは知りませんでした。もちろん、「竹本綾之助」についても知らなかったので、図書館で国史大辞典』吉川弘文館)をひいてみたところ、以下のような説明が載っていました。

竹本綾之助 (1875-1942)
明治時代に人気を博した女義太夫太夫。本名石井その。明治8年(1875)大阪に生まれる。父は旧松江藩士石山新造、母は鶴澤加津という。同18年11歳で上京、初看板。初代竹本綾太夫に入門。美貌と美声に恵まれ、絶大な人気を誇り、明治20年代東京における女義太夫全盛時代を築く。綾之助出演の寄席の八丁四方が不入りとなるので、八町荒しの異名をとり、女義太夫贔屓の書生たち堂摺(どうする)連の熱狂ぶりとともに、明治女義太夫の語り草となった。同31年石井健太と結婚、引退。41年より再勤。昭和17年(1942)1月31日、東京浅草区北清島町(台東区東上野)で没。68歳。戒名浄照院光誉綾円大姉。浅草の榧寺(台東区蔵前3丁目)に葬る。


竹本綾之助が時代の寵児であり、「堂摺連」という追っかけもいたということで、アイドルを追っかけるファンの構図は、昔も今も変わらないようです。巻末にある写真は、何歳の頃のものかわかりませんが、切れ長の目元が印象的な方で、ファンが大勢いたというのも納得できます。
「自分はただ舞台で、好きな浄瑠璃を語りたいだけ」という綾之助の思いとは裏腹に、周囲がどんどん動いていくことにとまどいを覚えたりしながら、周りの多くの人から支えられながら、綾之助は少女から女性へ成長していきます。竹本綾之助は、一度引退しながらも、10年後に再度高座に返り咲きするようです。この本を読んだ人は、返り咲きした竹本綾之助が活躍(?)する続編を読んでみたい、と思うのではないでしょうか。