約5時間の「つながらない生活」体験

つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方

つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方


前回の記事で、ウィリアム・パワーズ著『つながらない生活』(プレジデント社、2012)を紹介し、「スクリーンとうまく距離をとって付き合う、時には、スクリーンとつながらない時間を設ける、ということを意識して行うことが必要なのかもしれません。」などと感想を書きましたが、先日、スマホの故障(?)による「つながらない生活」を体験しました。


朝、通勤途中、駅のホームでスマホを見ていたところ、突然スマホの画面が固まり、その後、画面が真っ暗になりました。電源ボタンを押しても起動しません。
えっ、もしかして故障?
落としてもいないのに??
一瞬、頭の中がパニックになってしまいました。
スマホユーザーになって、約1年。まだ十分にスマホを使いこなせていない状態なのですが、私はスマホは便利だと思っていますし、スマホが使えないのはやはり不便です。


そういうわけで、昼休みに職場の近くのお店に行ってみてもらったところ…。
原因は電池の接触不良でした。お店の人が、電池の部分をはずして確認したところ、無事に使えるようになりました。お店の人によると、スマホでは良くあること、だそうです。原因がわかれば「な〜んだ」というようなことですが、普通にスマホを使っていて、いきなり画面が消えて使えなくなったら、私のように焦ってしまう方が多いのではないでしょうか。


半日(約5時間)の「つながらない生活」を体験した感想は、「非常に、落ち着かない」ということでした。
勤務時間中は、ほとんどスマホはバックに入れたままであるにも関わらず、その日の午前中は、スマホが使えないことがずっと気になっていました。もちろん、勤務時間中は、業務用のパソコンでメールやネットを使っていましたが。
『つながらない生活』の第3章「携帯が使えなくなって気づいたこと」で、著者が、ボートに乗っている時に携帯を水没させて誰にも連絡できなった時に、

「やっていけるだろうか」という一抹の不安もあったが、片方ではワクワクする気持ちもあった。(p.67)

と、「この状況も悪くはない」と思えてきた、という体験を紹介していますが、私自身は、スマホが使えないことで不安で一杯の数時間でした。
普段も、家にいる時や、劇場などでは、スマホの電源は切っていますし、秋田の実家に入る時は、ほとんどネットは使いません。ただし、これは自分からネットとの距離をとっていて、必要があれば、いつでもネットとつながることができる、という状態です。
おそらく、「つながらない生活」は自分から実行する方が、私にとっては精神的な負担は少ないようです。仕事ではパソコンを使っていても、自宅にはパソコンはなく、携帯もスマホも使っていないという人を知っていますが、私にはパソコンもスマホも必要です。*1
『つながらない生活』の第4章「なぜ『メール禁止デー』はうまくいかないか」で、会社でのデジタル機器との距離をとる取り組みの失敗例を紹介しています。ネットとの距離をとるためには、おそらく上から強制的に実行させられると失敗するのではないかと思います。
自分から進んで、自分とネットのちょうど良いと思える距離を見つけることが、「つながらない生活」を実践していく秘訣のように、今回の件で、改めて思いました。

*1:パソコンがないと、このブログも書けなくなりますし。ブログ継続のためにも、パソコンは必要です?