『おしゃれの幸福論』

書店で平積みになっていた光野桃著『おしゃれの幸福論』。「光野さんの本、出ていたんだ〜。」と、手にしました。
著者のエッセイを最初に読んだのは、友人から勧められた雑誌『ヴァンテーヌ』でした。著者の「おしゃれ」についてのエッセイが好きで、ほとんど読んだのではないかと思います。最近、著者の「おしゃれ」に関する本が出ていないと思っていたのですが、それは著者が「おしゃれの暗黒時代」で、鬱、介護、病気、人間関係などの困難により、先行きがまったく見えず、「おしゃれどころではない」時期であったからとのこと。そのせいか、この本は、タイトルにあるとおり、「おしゃれによって自分自身を幸福にしよう」というような内容でした。


まずは、本の帯にある「今までの服が似合わなくなったあなたへ」という文字にドキッとしました。それというのも、最近、今まで来ていた服が、何となく似合わないというか、どこがどうなのか自分でもよくわからない違和感というようなものを感じることが多かったからです。そして、

理由はわかっているのである。加齢のなせる業なのだ。
歳を重ねると変化が速い。特に、若さと老いとの境目にある中年期は、髪も肌も体形も、あっという間に様子を変える。けれど、毎日見ている自分の姿には目が慣れてしまい、気がつきにくいのだ。(p.27)

という著者の指摘に、納得した次第です。


それでは、どうすれば良いのか。

  • 自己肯定感を持ち、セルフイメージを確立させる。
  • 「こうありたい自分」を目指すよりも、自分が心踊る服をワードローブの中心に置く。
  • 「自分定番」をワードローブの中心に据える。

このようなことを、著者は勧めています。

そのために、まずするべきことは、クローゼットの整理。
(1) もう着たくない服・手放すと即決できる服
(2) 好きで買ったのに、もう今の気分ではなくなってしまった服
(3) もともとあまり気に入っていないのに買ってしまった服
といった、違和感のある服を取り除くことだそうです。やはり、まずは、ここからですね。そして、残った好きなものだけでコーディネートを作っていくのだそうです。


なぜ「おしゃれ」をしなくてはいけないのかについては、著者はこう述べています。

着ることは実用的な意味合いだけでも成立しますが、そこに、愛し慈しむという感情が加わると「おしゃれ」になります。
こうして「着ること」から進化した「おしゃれ」は、今度は身を守ったり温めたりするだけでなく、自分と他者とのかかわりを形づくっていきます。他者に対して見えない手を伸ばし、五感をもって話かけようとするのです。
美しい色で目を楽しませ、滑らかな手触りで心地よさを呼び起こし、相手へのさまざまな思いを静かに語りながら、自分のこともまた、語り始める。
おしゃれが取り持つコミュニケーションは、言葉ではない言葉。それだけ真実が語られる、とわたしは思います。(p.152)

「おしゃれ」によって、人生の危機も乗りこれるかもしれない…。「おしゃれ」には、そんな解決法がひそんでいるかもしれない…。
具体的な服の着こなしのノウハウ本というよりも、「おしゃれ」による人生論、そんな本でした。でも、読み終わって、少し「おしゃれ」に前向きになったような気がします。