『歌舞伎は恋:山川静夫の芝居話』

歌舞伎は恋: 山川静夫の芝居話

歌舞伎は恋: 山川静夫の芝居話


 歌舞伎は恋だ。
 恋は理屈ではない。
 男女の色恋が感情のおもむくままであるように、歌舞伎もまた感性のほとばしりでありたい。
 歌舞伎や恋に理屈は無用だ。

 私は、これまで半世紀にわたって歌舞伎を観続けてきたが、学生時代からなじんだ名優は、もういなくなってしまった。みんな恋しい役者ばかりだ。そしていま、その子や孫も、父や祖父の芸に恋焦がれて闘っている。

 だから、歌舞伎は恋なのだ。


という口上で始まるこの本は、著者の、歌舞伎に対する熱い思いが詰まった本でした。学生時代に歌舞伎に魅せられ、歌舞伎に恋して60年になるそうです。


私は、歌舞伎に魅せられたのは社会人になってからで、友人とミーハー気分で見に行ったのがきっかけです。前の歌舞伎座の3階席の一番後ろの席だったと思います。舞台は遠くて、内容もよくわからなかったと思うのですが、「舞台がきれい。」「面白い。」「また見たい。」と思ったことは確かです。翌月から、歌舞伎座通いが始まりました。図書館にいるので、歌舞伎関係の本や雑誌『演劇界』のバックナンバーを読んだりし始めました。そうしているうちに、来月まで待てなくなって、休みの日に、同じ月の昼の部を幕見で見に行きました。


私の歌舞伎歴(?)は著者の半分にも及びませんが、この本に述べられている歌舞伎への思いは、「私も同感!」と感じたことが多かったです。

 このところ歌舞伎界は悲しいニュースに打ちひしかれたが、その苦難の先に明るい展望を持ちたいものだ。故人たちも、きっとそれを望んでいる。今や梨園の各家は互いに協力し、総力をあげて前進すべきだろう。「今度の芝居は何か」「誰が演るか」「誰と演るか」、その演目の選択・配役を、ファンの期待に近づけることが大事だ。新しい歌舞伎座の舞台がそれを待っている。(p.20)

 月々の芝居の趣向である狂言は、興行側、劇場、役者衆が、それぞれ知恵をしぼって考えてのことだろうが、目先のことばかりにとらわれて大局を誤るのが一番困る。芝居の内容や配役に気遣うあまり、歌舞伎に大切な季節感を忘れることは、「朝三暮四」と同じだろう。(p.41)

 歌舞伎にはさまざまな伝統的しきたりがあり、ルールがある。それを理解してもらうのには時間がかかるが、そういう時間を、現代っ子はなかなかつくろうとしてくれない。ハードルはますます高くなるだろう。
 しかし、歌舞伎の将来は、今の若者がにぎっている。だから、少数意見とはいえ、「えらそうに」見える歌舞伎を、若い人たちの気軽な仲間に引き入れる知恵が欲しい。決して安易に迎合するのではなく…。(p.64)


「第三章 歌舞伎ことばあれこれ」は、知っているようでいて、実はよくわからなかったことについての説明で、とても参考になりました。

著者が一番最初に魅せられた役者、初代中村吉右衛門や、「第四章 忘れられぬ歌舞伎役者」で紹介される、故人となった役者さんの思い出話も興味深いものでした。

そして、「歌舞伎は絶対に滅ばない。」という文章で終わっています。著者は、その思いを「あとがき」で述べています。

 もとより歌舞伎は、私にとって人生の恩師であり、畏友であり、遊び仲間、といった存在ですから、それだけに思いは深く、「歌舞伎は、かくの如くあって欲しい」という夢を持ち続けています。おそらく、演じる役者の方々もそれを目指して芸道に精進されていると思いますし、観客にも、わきまえるべきことは沢山あるでしょう。そうした双方の響き合いによって、これからの歌舞伎の質が高まっていくことを祈らずにはいられません。(p.238)


この本を読み終わって、歌舞伎が見たくなりまた。(もちろん、今月のチケットは確保済みです。)
歌舞伎ファンの方にお薦めの本です。