『自分でつくるセーフティネット』

自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~

自分でつくるセーフティネット~生存戦略としてのIT入門~


著者によると、現代社会は、「何かで失敗したり、自分の身に何か起きても大丈夫」という支えになるセーフティネットが揺らいでしまうようになった、とのことです。グローバリゼーションという「理の世界」を生き抜くためには、新しい「情の世界」を作って、うまくかみあわせることで、もう一度「理」と「情」の二重底を作り直すことが必要だとのこと。そして、本質的な生存の「戦略」として、自分にとっての本当のセーフティネットになっているのは何かを考え直し、自らセーフティネットを作り上げていくことを説いています。


著者は、21世紀になって大きく変わった視界を2つ挙げています。

 ひとつめは、セーフティネットが見えにくくなったということ。
 ふたつめは、情報技術の発達で、わたしたちの人生に隠しごとがしにくくなって、何でも見られてしまう「総透明社会」になってきたこと。

「総透明社会」であるからこそ、SNSを「人間関係を気軽に維持していくための道具」として、また、「自分という人間の信頼を保証してくれる道具」として活用していくことを著者は勧めています。


著者によると、SNSで一番大切なのは、読んでくれた人が「これは有用な情報だ」と思ってくれるか、だそうですが、facebookの記事について、

カッコつける必要もないし、すごく立派なことを書こうなんて気構えなくていい。ただ自分の素直な気持ちを、ひっそりと伝えればいいんです。(p.50)

「誰かがどこかで読んでくれるといいなあ」くらいの淡い気持ちにしておけば、変な期待感も高まらずにすむじゃないですか。(p.60)

とも述べていて、ちょっと安心しました。このブログの記事は、まさしく、そんな感じで書いています。facebookも一応やっていますが、どちらかといえば自分の気になる情報の収集に使っていて、数か月に1回、記事を投稿するかどうかなので。


著者によると、facebook

第一は、人間関係を気軽に維持していくための道具。
第二は、自分という人間の信頼を保証してくれる道具。

だそうです。つまり、Facebookに蓄積された情報が、その人の人間性を物語る雄弁な証拠になってくれるものであるとのこと。肩書ではなく、中身そのもので勝負する次代になってきているので、そのためには、自分の人間力を磨く必要があるとのことです。


そして、総透明社会では、教えてもらうためには交換条件(=自分の情報を提供すること)が必要になってきているそうです。ネットは、プライバシーを奪うけれども、同時に情報をもたらしてくれる。悪意を吐き出すと、言った方もそれなりの責任を負わなくてはいけなくなる。ネットリテラシーを身に着けることが重要になってくるのだと思います。

ネットによる弱いつながりについては、

 弱いつながりのほうが、ずっと新鮮な情報が流れやすい。そりゃそうです、だって弱いつながりってことは、相手と自分の共通点が少ないってことだから、自分の知らない情報を相手が持っている可能性はとても大きい。(p.122〜123)

 でもいまは、グローバリゼーションの荒波という「理」ばかりが勝ってしまって、「情」が置き去りにされちゃっていて、これがセーフティネットをを危うくする原因になってしまっています。
 そう言う時代に、弱いつながりを大切にして、多くの人とつながっていくというのは、これこそがまさに新しい「情の世界」なんじゃないかとわたしは思うんですよ。会社のような「箱」の中におさめられている「情の世界」じゃなくて、社会のすみずみに裏側で網の目のようにつながっている新たな形の「情の世界」。(p.127)

と述べています。ネットは私たちが生活していく上で、人間関係や生活などがなめらかに回っていくためのインフラであり、様々な人とつながっていくためのツール。やはり、ネットリテラシーを身に着け、ネットと上手に付き合っていくことが、これからますます必要になってきそうです。


本書の結論は、

生存戦略として、見知らぬ他人を信頼すること。
生存戦略としての、多くの人との弱いつながり。
生存戦略としての、善い人。
生存戦略としての、自分の中途半端な立ち位置を知るということ。(p.201)

です。


これからの社会を生き抜くためのネットリテラシーについて、改めて考えさせられた1冊です。