『人生を面白くする本物の教養』(幻冬舎新書)


昨日と今日、大学入試センター試験が行われました。
昨年あたりから、大学での教養について、いろいろ話題になっていますが、読書家でも知られる著者は、タイトルにもなっている「教養」をどう考えているのか、実際問題、教養はあった方がいいとしても、著者は、どうやったら身につけることができると考えているのかが知りたくて、本書を手にしました。


著者によると、「教養は、生き方の問題」であり、「知識は確かに大切だが、知識=教養ではない」。しかし、教養はグローバルなビジネス社会を生きる上での武器になるという側面があるそうです。また、、「教養とは、人生におけるワクワクすること、面白いことや、楽しいことを増やすことができるツール」であり、「自分の人生をより彩り豊かにするためのもの」なのだそうです。

 人生をもっと楽しむ心があれば、人間的な幅が広がり、魅力がより醸成され、個人として熟成されます。突き詰めて言えば、教養とはそのためのツールにすぎないのです。(p.31)


自分の意見を決められないのは勉強不足が原因であり、自分の頭で考えないことに対して、著者は厳しい意見を述べています。

 厳しいことを言うようですが、「どちらとも言えない」を選んでしまうのは、ほとんどの場合「考え不足」が原因です。本当は、その問題に正面から向き合って十分に考えていなかったり、手持ちの情報が少なかったりすることが原因なのに、「それは難しい問題だから」理由を置き換えて、自分を誤魔化しているのです。
 なんでも安易に納得してしまうのは困りものですが、「考え不足」で意見が決められないのも困った話です。(p.27〜28)


「この人は面白そうだ」という時の、「面白さ」の源を、著者は、「ボキャブラリー(=話題が豊富でさまざまなテーマで会話ができる)」、「広く、ある程度深い知識」であるとしています。そられに加えて、「自分の意見」を持っていることが重要だとしています。
教養が求められている理由については、著者は以下のように述べています。

 ただたんに物事をたくさん知っておいたほうがいいというのとはわけが違います。行き詰まりをブレイクスルーするオリジナリティ、さまざまな相手を惹きつける「面白さ」「人間的魅力」、自分の頭で考える力など教養の力を前回することが、切実に必要とされています。戦後このかた、私たちは「みんな一緒に」を好んで得意としてきましたが、いまやかつてなく、「個の力」が問われているのです。(p.57)

 いまさらもう遅すぎると努力を放棄する人は、サボる理由を探しているだけです。そんなことを考えている時間があれば、一冊でも本を読んだほうがよほど有益です。人は何歳でも学ぶことができます。何歳であっても決して遅すぎることはありません。(p.62〜63)

 物事を考える際には、理屈だけでなく、常に数字(データ)を参照して考えることが重要です。数字に基づかない理屈は説得力を欠いていると疑うべきです。(p.66)

 結局モノを言うのは、機密情報のようなものではなく考える力なのです。考える力があれば、普通に入手できる情報でも、それらを分析するだけで、これまで見えていなかった世界が見えてきます。それが教養の力であり、知の力だと思います。(p.80)


そして、著者自身の教養を培ってくれたのは、「本・人・旅」の3つなのだそうです。
個人的には、やはり、著者の本とのつき合い方に一番興味があります。読書については、本文を読み始めて5〜10ページほど進んで、面白いと思ったら最後まで読み、そうでなければその時点で読むのをやめるそうです。そして、読む場合は、じっくり読むそうです。

 いったん読むと決めたら、じっくり読みます。決して読み急ぎはしません。読んでいて分からないことが出てきたら、腑に落ちるまで何度も同じ部分を読み返します。多くの人は早く読み終えたいがために「読み返す」ということをあまりしないようです。しかし、「読み返す」ことによって、最初は分からなかったことでもちゃんと分かるようになり、頭のなかへの入り方がまったく違ってきます。(p.103)

 本を読むに時間がかかるのは、その人の知識量で決まってくるものであり、単純に目で文字を追う速度とは違うのです。(p.105)


第7章、第8章は「教養としての時事問題(国内編、世界の中の日本編)」では、著者の事例を紹介しながら解説によって、「現在、ニュースになっていることはこういうことだったのか」と、改めて自分なりに考え、理解することができました。


現在は、レファレンスサービスからは離れていますが、レファレンスサービスを担当していると、正直、どんな質問が寄せられるか、全く予想がつきません。レファレンスツールを知っていることはもちろんですが、調査の手がかりになるような幅広い知識は持っていた方がいいのかな、と思っていました。レファレンスサービスの答えは、質問者が決めることであり、そのための手がかりを、資料によって示すことになります。自分がよくわからないことを誤魔化して、あいまいに説明しても、質問者は判断できないのではないかと思ったりすることもありました。
このように考えていくと、レファレンスサービスには教養が不可欠なのかもしれません。そして、図書館が住民に教養を提供するためには、図書館で働く人、一人ひとりが教養を身につけていることが求められているようにも思いました。

何よりも、自分で考え、判断するためにも、人生をより良いものにするためにも、「教養」は、あった方がいいと思います。では、教養をどのように身につけていったらいいのか。そのヒントがこの本にあったように思います。