『菊之助の礼儀』

菊之助の礼儀

菊之助の礼儀



この本は、発売されたと同時に書店(おそらく、銀座教文館)で購入したにも関わらず、途中まで読んだままになっていて、ようやく、通して読み終えることができました。


この本では、演劇評論家である著者が、尾上菊之助との交友や、歌舞伎に対する思いが綴られています。著者と同世代に中村勘三郎坂東三津五郎がいたことをきっかけに、中年から歌舞伎の評論を対象とするようになり、ある偶然から尾上菊之助と知り合い、歌舞伎について深く話をするようになったそうです。
この本は、尾上菊之助が平成20年から平成26年に出演した演目が章のタイトルになっています。ちょうど、歌舞伎座の建て替えから現在の新しい歌舞伎座が開場した頃までにあたり、また、この時期に、中村勘三郎坂東三津五郎だけではなく、中村富十郎中村雀右衛門市川團十郎中村芝翫といった役者が亡くなりました。歌舞伎にとって、1つの時代の変わり目だったように思います。そして、菊之助が今までよりも立役にも挑戦するようになった頃です。私自身、配役を聞いて、「これは、菊之助のニンではないのでは?」と思ったこともありました。
この本を読んで、菊之助音羽屋を担っていく役者として、悩みながら進んでいく様子がよくわかりました。


菊之助の父親である尾上菊五郎も、次のように語っています。

『弁天小僧』も、事細かく教えたのは、しょっぱなのときだけです。『あとはもう菊之助流でたのみますよ。というやつです。言えば言うほど私に似ちゃって、私のミニチュア版になるんでね。だからなるべく口を出さないようにしているんです。やはり自分の、菊之助の弁天小僧を作ってもらわないと困ります。これはすべての役についていえることで、息継ぎまで指導すると、台詞も同じ調子になってしまいます。やつはやつの息継ぎを工夫して、私とは違った役を作りあげてほしい。よっぽど目についたところは言いますけれど、それ以外は自由にやったほうがお客さんも面白く観てくださると思いますよ。(p.123)

菊之助に私ではなく、先輩方に教わるように言っているのは、視野を広げるためです。昔から絶対に必要なことです。(p.125)


そして、菊之助自身も次のように語っています。

勘三郎のおにいさんがコクーン歌舞伎を始めたのが三十九歳です。僕も四十までには新作を出せるように準備したいと思っています。新作を出すには、自分の引き出しが増えて、しかも視野が広がらないと、舞台の内外に目が届かないし、コントロールできない。芯に建てるように、しっかりしなければと思います (p.174)

音羽屋の代々のなかでも、私は三代目菊五郎の存在が気になります。初代は上方から出てきて女方から立役になりました。三代目は、錦絵で見ると、こんなにいろんな役をやっているのかと驚きます。もちろん役者には仁(にん)とか個性とかもあるし、越えられない壁もあると思うんですけど、私は三代目のように、自分の限界というか可能性を、どこまでできるかわかりませんが、突き詰めていきたいなと思っているんです (p.174)


菊之助は、中村吉右衛門の四女と結婚したことで、吉右衛門と同じ舞台に立ち、義太夫狂言に出ることも増えたように思います。
音羽屋の芸に播磨屋の芸が加わることで、これからどのような化学変化が起きるのか。菊之助の舞台を、これからも楽しみにしていきたいと思います。