「秀山祭九月大歌舞伎」(夜の部)に行ってきました

「秀山祭九月大歌舞伎」(夜の部)に行ってきました。夜の部の、個人的な感想です。

 (昼の部は、今週末に行く予定です。)

www.kabuki-bito.jp

 

吉右衛門の「俊寛」は素晴らしかった!

俊寛」は、歌舞伎ではよく上演される演目です。

俊寛」は、中村吉右衛門(二代目)のほか、松本白鴎(二代目、松本幸四郎時代に手がけたもの)、中村勘三郎(十八代目)、中村芝翫(八代目、中村橋之助時代に手がけたもの)のものを見ていると思います(他にもあったか?)。良く上演される演目なので何度も見ているのですが、俊寛を勤める役者さんが、俊寛を哀れに見せようと熱演(?)しすぎることがあって、観ていて「ちょっとなあ…。」と思ってしまうこともありました。

その点、今月の中村吉右衛門俊寛は、安心して見ることができました。事前に、「私の履歴書」(2018年7月連載)や『ほうおう』*1(2018年10月号)のインタビュー記事を読んで、当代の俊寛という役への思いを改めて知ったということも大きかったかもしれません。とにかく、動きの1つ1つが丁寧で、鬼界ケ島に流された絶望感と哀れさが自然ににじみ出てきます。その一方で、いつか赦免されて都に戻り、愛する妻・東屋と再び暮らすことを望みに、苦しいながらも生きているということが感じられました。

また、丹波少将成経と恋仲になった海女・千鳥に対する、実の娘を見守る父親のような思いも自然に感じられました。

だからこそ、赦免船がやってきて、最初は自分が許されなかったことを知った時の嘆き、さらに、恋しい妻・東屋が自害したと聞いた時の絶望感が際立ちます。何よりも、自分が島に一人残ることに決めたものの、都への思いはなかなか断ち切ることができず、去り行く船を崖の上から見送る姿は圧巻でした。船が、自分一人を島に残して行ってしまったことを知り、茫然とする姿は、死を覚悟したようにも感じました。

今回の舞台は、丹左衛門尉基康が中村歌六、瀬尾太郎兼康が中村又五郎丹波少将成経が尾上菊之助、平判官康頼が中村錦之助、海女千鳥が中村雀右衛門で、周りの役者さんも揃っていたと思います。

 

www.kabuki-bito.jp

www.kabuki-bito.jp

 

「松寿操り三番叟(まつのことぶきあやつりさんばそう)」と新作歌舞伎舞踊「幽玄」

夜の部は、「俊寛」の前に「松寿操り三番叟(まつのことぶきあやつりさんばそう)」、後に、新作歌舞伎舞踊「幽玄」が上演されます。

「松寿操り三番叟」は、操り人形が三番叟を踊るという歌舞伎舞踊で、三番叟を松本幸四郎が務めます。踊りが上手な人なので、人形のように踊る姿は見事でした。

夜の部の最後は、坂東玉三郎が手掛ける新作歌舞伎「幽玄」で、太鼓芸能集団鼓童の演奏で、坂東玉三郎に、中村歌昇中村萬太郎中村種之助市川弘太郎中村鶴松の若手の役者さんが共演します。

坂東玉三郎の踊りも若手役者さんの踊りも良かったし、初めて聞いた鼓童の演奏も素晴らしかったと思います。玉三郎が若手役者を共演することで、若手役者を育てていこうという気持ちもわかります。でも、なぜ今月の歌舞伎座の舞台にかけたのかが疑問として残りました…。

 

今月は「秀山祭」としての興行なので、新作歌舞伎「幽玄」は良かったと思うものの、もう少し考えて演目を並べることはできなかったかと思うのです。例えば、初代中村吉右衛門に所縁のある演目にすることはできなかったのか、とか、吉右衛門玉三郎の共演はできなかったのか、とか、新作歌舞伎「幽玄」を上演するのであれば他の月にできなかったのか、など。

松竹として、歌舞伎座に客が入らないと困るのでしょうが、もう少し演目の並びも考えて欲しい、と思いました。

*1:松竹歌舞伎会の広報誌