『平成の藝談』(岩波新書)

平成の藝談――歌舞伎の真髄にふれる (岩波新書)

平成の藝談――歌舞伎の真髄にふれる (岩波新書)

 

 

この本は、歌舞伎の「芸談*1」という視点から、平成の歌舞伎を振り返っていこうという内容です。

 

芸談」とは?

芸談」というと、何やら難しく感じられますが、私自身は、歌舞伎役者の歌舞伎への思いであり、演じる役への思いでもあると考えます。その役者さんが、その役についてどう教わり、どういう思いで演じているかを知ることで、より、舞台を楽しめるような気がします。

本書では、数々の芸談の中から、「ひと言」を選び出し、その言葉の裏に秘められたそれぞれの役者さんの思いなどを、平成という時代の舞台と重ね合わせながら読み解いていきます。

私が歌舞伎を観に行くようになったのは、社会人になってからなので、平成に入ってからになります。このため、この本が取り上げる舞台は、ほとんど見ているはずで、「そういえば…。」と、ぼんやりと思い出される舞台もありました。

 

この本の「あとがき」で、著者は以下のように述べています。

 芸談にも「芸風」があるのだな、と本書を書きながら思った。

 得意の役々の型と性根について微に入り細にわたってよどみ無く語りつくし、どこを切り取ってもこれ芸談、という人。

 自らの芸について具体的には語らないが、言葉のひとつひとつが鋭い直覚となって、読むものの胸に響く人。

 同じく、芸は語らぬものの、その人の歩んだ足跡自体が、一篇の雄弁な芸談となっている人。

 それらがそのまま、舞台の上でのその人の芸風に重なり、あるいは意外な側面を覗かせてくれるのだから面白い。(p.191)

 

この本で紹介されている芸談の一篇を読んでいて、確かに、その役者さんの芸風が出ているように私も思いました。

巻末には、参考文献として、この本で紹介した芸談が掲載されている本などが紹介されています。もっと知りたい方は、原本を読んでみることをおすすめします。

 

平成の歌舞伎

平成の歌舞伎の大きな出来事といえば、まずは歌舞伎座の建て替えでしょうか?

また、「歌舞伎の伝承」という点では、この本で取り上げられている役者さんでは、初代松本白鴎、二代目尾上松緑の舞台は観ることができませんでしたが、六代目中村歌右衛門、十三代目片岡仁左衛門の舞台はかろうじて観ることができました。十二代目市川團十郎、十八代目中村勘三郎、十代目坂東三津五郎の早すぎる死は、本当に残念です。

一方で、若手役者さんの成長を見る楽しみもあります。

 しかし私が決して悲観しないのは、この一年間でも、若手たちの目を瞠るような舞台にいくたびか接することが出来たからである。それまで固く閉じていたと思っていた莟が開き、身体の奥に眠っていた何かが、まるでスイッチが入ったように目覚める瞬間に立ち会えたのは嬉しかった。

 芸談とは「先人へののろけ」であると書いた。同時に本書で語られる芸談は、平成という時間軸で切り取った「歌舞伎」というひとつのDNAのものがたりであり、それが過去から現在、そしていま次代へと流れ行こうとしている。それが若手たちという「うつわ」になみなみと注がれて、いまは発酵せずともいずれ漲りわたるであろう日を、私は客席で辛抱強く待つことにする。

 これもまた、歌舞伎を観つづける最高の醍醐味なのだから。(p.180~181)

 という文章で、著者は本書を書き終えていますが、これは、私も全く同じ思いです。

 

歌舞伎のこれから

歌舞伎は、これからも、先人の芸を継承しつつ、新しいことにもチャレンジしながら、私達を楽しませてくれると確信しています。

それを楽しみに、私はこれからも歌舞伎を観るために劇場通いを続けることになると思っています。

*1:書名は「藝談」となっていますが、本文では「芸談」としなっているので、この記事でも「芸談」を使います。